2010年07月25日

棄てた腕と記録帳

脳出血後遺症、右片麻痺で運動性失語の障害のなかOさんが、はにかみながらも一生懸命言った本音。

「もう右手は棄てました」

当初、マッサージ師として、またリハビリに携わる者としてでも無く、Oさんの放ったその一言は単純に私には衝撃でした。

こんにちは、TAKAです。

目をつむると、手の温もりや触圧を通じて他者から触られていること自体は何とか解ります。しかし、肝心な『どこ』を『どの様に』触れられているかは解りません。腕そのものの脳内イメージやその認識がほとんど無いようです。

Oさん自身から、『透明人間』あるいは『幽霊の手』と称されたその手足は、回復を諦め、棄てさせるのに充分過ぎるくらいの絶望感があったのでしょう。


最近では足底外側部の痛みを誘発していた内反尖足も治まり、立ち上がり動作においては足底接地も痛みが出ない程にバランス良く行えます。

「やっぱり手が邪魔ね…」

「よし、ならそろそろ手を何とかしましょう!」

立ち上がる時に腿につっかえるようになる腕も、肘が曲がり、腕が外に動いて伸ばせられれば基本的に邪魔にはなりません。

ならば、まずは座位での機能訓練。

「お父ちゃんの寿司はこう盗むんよ〜」
「食べてマズかったらこう返すんよ〜」

なんて言いながら鏡台の前に座り、『つまみ食い運動』を軸にイメージング。

そのウラには行為を元に身体的動作イメージの再構築をはじめ、動作制限を起こす筋の付着部位や本来の働きを理解してもらう事を目的としています。

遠位の物体まで手を伸ばし口に持って行くその仕草はそのまま口紅や櫛などを取り、使用する行為につながります。

自身の利き手で3年振りに塗った口紅は、たまたま来られていた知人を喜ばせ、櫛を通す感触は頭皮を通じた心地よさと共に心にも良い影響を与えてくれた様です。

まだ上肢の空中保持や適切な把握が出来ない以上、ゴムバンドなどで吊すなど多少のお手伝いは必要ですが「宇宙では完璧よ♪」の言葉を添えてみると本当に素敵な笑顔で返してくれます。

アプローチを上肢に移行して2ヶ月弱。週2回の施術ですが、それまでの経過や今の状況をいつもの様に経過記録帳片手に簡単な絵を添えて説明していると、

「それ、コピー貰えますか?絵で私の手(の状態)が良く解ります」

と嬉しい一言。

「お子さんと同じ様に腕も愛してくれますか?」

の意地悪な質問に今では、

「はい、もちろんです♪」

おかげさまで一定の分離運動が確立しつつあり、立ち上がる前にはOさんの『意志』で自然に邪魔にならない位置まで動いてくれています。


一枚の記録帳が繋ぐ想い。

他人からすればただの紙切れに過ぎないかもしれませんが、そこにはOさんにとってかけがえのない『歩み』が記されています。





Posted by 自立援助協会スタッフ  at 23:21 │Comments(0)

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